2014年03月03日

震災3年、人間の業というもの


あの大震災から、はや3年がたってしまいました。
そして、今になって考えさせられることが多くあります。

「個人的な考え」とお断りした上で、書いてみます。


つい数日前、七十七銀行女川支店の津波犠牲者についての判決が下されました。遺族は、支店の屋上ではなく、なぜ高台に避難させなかったのか、そうすれば助かったのにと訴えたのです。

石巻の大川小学校では、生徒と教員合わせて多数の死者を出したことについて検証していました。30分も校庭に待機していて、なぜ裏山に登らなかったのか、人災ではないかという疑問からです。

みんなが必死に力を合わせて生きた時期を過ぎて、今後は訴訟問題が増えるのではないか、そう感じます。心の中に残っている「無念さ」というものでしょうか。


一方で、復興というものについても、別の意味で「人間らしさ」を感じてしまうことがあります。

被災地の沿岸部には、居住制限地域が設けられ、そこには住めないことになっています。しかし、実際はどうでしょうか。

行政側が、津波被害の再発防止のために、内陸部への移転を提案しても、応じない人が少なくないようです。実際に数年前に津波が襲い、多くの人が亡くなったその場所なのに、もう一度住みたいということです。それが、願望という域を超えて、実際に生活する人がいるわけです。


上記の、七十七銀行女川支店や大川小学校の内容と、下記の津波襲来地域に住むという話しは、一見矛盾した話です。でも、人間とはいつもそういうものなのだと、思い知らされます。

どちらにも共通していると思われることは、こんな大津波は想定外だったということ。


もし将来、このような津波が再来することがあったとして、その時、沿岸部に住んでいた後孫たちは、教訓を生かさなかった先祖たちを恨むのでしょうか。

たとえ、恨んだとしても、その後孫たちのある割合の人は、やっぱり沿岸部に住もうとするのではないか、そんな気がするのです。「こんな大津波は想定外」として。何百年にわたって、この国はそうして生きてきたのだと。


たとえ、悲劇が繰り返されるとしても、やっぱり住み続ける。そうするかぎり、上記のような無念さも、下記のような対応も繰り返されるという歴史です。

日本人にとっては、自然の猛威の前に人間の対応の限界を裁けるか? そんな不文律のようなものがあるようです。





posted by まさむね at 22:31| Comment(0) | TrackBack(0) | コラム(一言) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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